既視感と未視感が両方起きるのは脳の誤作動が原因だった

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見慣れない道を歩いているのに、まるで前にも来たことがあるように感じる。逆に、家族の顔や自分の名前のような見慣れたものが、急に知らないもののように見えてくることもあります。既視感と未視感が同じ人に両方起きるのは、脳の中で「これは見たことがあるかどうか」を判定するひとつのシステムが、働きすぎたり働かなすぎたりして誤作動を起こすためです。以下では、デジャヴとジャメヴュそれぞれの仕組みと、なぜこの正反対に見える二つの現象が同じ根っこから生まれるのかを、神経科学の研究を交えて整理します。

目次

既視感の経験率は健常者の6割から7割にのぼる

デジャヴとは、初めて訪れた場所や初めて経験する出来事にもかかわらず、「これは以前にも経験したことがある」と強く感じる現象です。フランス語で「すでに見た」を意味し、健康な人でも6割から7割程度が生涯に一度は経験するとされています。とくに15歳から25歳ごろの若年層で頻度が高く、加齢とともに減っていく傾向があり、疲労やストレスが蓄積しているときに起こりやすいという報告も多くあります。

デジャヴという言葉自体は、19世紀末にフランスの哲学者エミール・ボアラックが提唱したものです。長らく心霊現象や超常現象と結び付けて語られてきた歴史があり、占いや前世の記憶のような文脈で語られることも少なくありませんでした。ただ、現在では心理学や神経科学の分野で実験的に再現し、脳のどの部位がどう関わっているかを解明しようとする研究が進んでいます。まったく違う場所を歩いていて突然「ここ知ってる」と感じる、あの落ち着かない感覚には、超常現象ではなく脳の記憶処理という説明がついてきているわけです。

既視感は親近感と想起のズレから生まれる

デジャヴのメカニズムを理解するうえで欠かせないのが、記憶に関わる二つの認知プロセスです。ひとつは「親近感」、もうひとつは「想起」と呼ばれるプロセスで、この二つのバランスが崩れることがデジャヴの正体です。

親近感とは、「これは見たことがある」というぼんやりとした感覚そのもので、いつ、どこで、どんな状況でそれを見たのかという具体的な記憶を伴わない、直感的な「知っている感じ」です。これに対して想起は、いつ、どこで、誰と、どんな状況でそれを経験したかという具体的なエピソードを思い出す、詳細で文脈を伴った記憶の呼び出しを指します。

通常、私たちが何かを本当に見たことがある場合、この親近感と想起はセットで働きます。「見たことがある」という感覚と同時に、「いつどこで見たか」という具体的な記憶が付いてくるのが自然な状態です。ところがデジャヴが起こるときは、この二つのプロセスの間にズレが生じます。親近感のシステムだけが強く活性化し、「見たことがある」という感覚が立ち上がる一方で、それを裏付けるはずのエピソード記憶がまったく見つからない状態です。感覚はあるのに証拠がない、このミスマッチがデジャヴという体験の正体です。

脳の部位で言うと、親近感の処理には主に嗅内皮質や嗅周皮質といった、海馬の周辺に位置する内側側頭葉の領域が関わっているとされます。これらの領域は「これは前に見たものと似ている」というパターン照合的な処理を担っています。一方、想起には海馬そのものがより強く関わっており、具体的な時間や場所と結びついたエピソード記憶を組み立てる役割を果たします。デジャヴでは、嗅内皮質や嗅周皮質による親近感のシグナルが単独で強く発火し、海馬による裏付けが追いつかない状態になっているのではないかと推測されています。

前頭前野が記憶の矛盾を検出しているという説

近年の研究で注目されているのが、デジャヴを単なる記憶のエラーではなく、脳が持つ「記憶の誤りを検出するシステム」の働きの表れとして捉える見方です。

英国セント・アンドリュース大学のアキラ・オコナー氏らの研究チームは、fMRIを用いた実験で、デジャヴを経験している際の脳活動を調べました。すると、記憶そのものを司る海馬などの内側側頭葉の活動は必ずしも強く高まっているわけではなく、むしろ前頭前野、つまり意思決定や判断、矛盾の検出に関わる領域の活動が高まっていることが示されました。

この結果から研究チームは、デジャヴとは記憶システムが誤って「これは前に経験したことだ」と判断してしまった結果ではなく、前頭前野が記憶システムの出力を監視し、「今、記憶に何らかの矛盾が生じている」ことを検知して知らせている状態なのではないか、という仮説を示しています。脳の記憶チェック機能が正常に働き、記憶と現実の食い違いに警告を発しているサインだという解釈です。この説に立つなら、デジャヴをよく経験する人ほど、記憶の誤りを検出する能力が高いとも言えるかもしれません。

二重過程説と記憶由来説も既視感の一因とされる

デジャヴの説明としては、親近感と想起のズレのほかにもいくつか仮説が提唱されています。代表的なものが「二重過程説」です。通常であれば同期して働くはずの二つの認知処理システム、たとえば知覚処理と記憶処理が、何らかの理由で一時的にタイミングがずれることで、「今体験していること」がまるで「以前に経験したこと」であるかのように錯覚される、という考え方です。

もうひとつ「記憶由来説」と呼ばれる仮説もあります。目の前の光景そのものを過去に見たことがなくても、その光景を構成する個々の要素、たとえば部屋の配置や家具の位置関係、照明の当たり方などが過去に見た別の光景と似ていることで、無意識のうちに「知っている」という感覚が呼び起こされるという説です。実験室でこの現象を再現する研究も行われていて、参加者にある場面のレイアウトを見せたあと、空間的な配置だけが似ている別の新しい場面を見せると、デジャヴに似た感覚を報告しやすくなることが確認されています。私たちの脳は個々の細部よりも、部屋全体の配置や構造のようなレイアウト情報を記憶しやすい性質を持っていると関係していそうです。

てんかん患者の前兆症状としてのデジャヴ

デジャヴの研究が進んだ背景には、てんかん患者の症例研究の存在が大きく関わっています。とくに内側側頭葉てんかん、海馬硬化を伴うタイプを含むこの疾患の患者では、発作の前兆、いわゆるオーラとして強烈なデジャヴを経験することが臨床の現場でよく知られています。

内側側頭葉てんかんでは、意識を失う本格的な発作の前段階として、上腹部からこみ上げてくるような不快感や得体の知れない恐怖感、そして既視感といった感覚症状が、単純部分発作の症状として現れることが多く報告されています。てんかんの異常な電気的放電が、海馬や嗅内皮質を含む内側側頭葉の記憶関連領域を巻き込むことで、記憶を評価する回路が異常に興奮し、実際には初めての体験であるにもかかわらず強い既知感が作られてしまうためだと考えられています。

こうしたてんかん患者における病的なデジャヴの研究は、健常者が日常的に経験する一過性のデジャヴの仕組みを理解するうえでも重要な手がかりを提供してきました。病的な状態で起きていることの、弱く正常な範囲で起きるバージョンが、健常者のデジャヴなのではないかという見方です。

未視感は単語の意味的飽和から起こる

ここからは、デジャヴの逆とされる現象、ジャメヴュについて見ていきます。フランス語で「一度も見たことがない」を意味するジャメヴュは、実際にはよく見慣れているはずの言葉や場所、人の顔などが、突然まったく見覚えのない、初めて目にするもののように感じられてしまう現象です。

自分の名前や日常的に何度も使っている単語をじっと見つめ続けたり、繰り返し書いたりしていると、次第にその言葉が「本当にこれで合っているのか」「こんな字だったか」というように、奇妙に見慣れないものに感じられてくることがあります。何百回と通っている自宅の近所の道や家族の顔、使い慣れた日用品などが、一瞬「あれ、これは何だったか」となじみのないものとして立ち現れることもあります。これがジャメヴュです。

ジャメヴュのメカニズムとして近年の実験研究で重要な役割を果たしているのが、「意味的飽和」と呼ばれる心理現象です。ある単語や図形を短時間のうちに何度も繰り返し見たり声に出したりし続けると、その言葉や図形が持つ意味がだんだんと感じられなくなり、ただの無意味な音の連なりや線の集まりのように知覚されてしまう現象を指します。

英国リーズ大学(当時)のクリス・ムーラン氏らの研究チームは、この意味的飽和を使ってジャメヴュを実験室内で人工的に誘発することに成功しています。実験では、参加者に「door」のような身近で単純な単語を、1分間で何度も繰り返し書き写すよう指示しました。すると多くの参加者が、書き写しを続けるうちに、その単語がまるで初めて見る奇妙な文字の羅列であるかのように感じられ、「これは本当に正しいスペルなのか」「この単語は本当に存在するのか」といった違和感や、意味が抜け落ちていくような感覚を報告しました。実験に参加したおよそ7割の人が、単語を60回から90回程度書き写した時点で、こうしたジャメヴュに似た感覚を経験したと報告しています。

同じ刺激を過剰に、あるいは過度に反復して処理し続けることで、通常であれば自動的に行われている「これは見慣れたものだ」という親近感の判定処理が、一種の飽和状態あるいは疲労状態に陥り、うまく機能しなくなってしまうためだと考えられています。デジャヴが親近感のシステムが過剰に、誤って強く働いてしまう現象だとすれば、ジャメヴュはその正反対、親近感のシステムが働きすぎた結果として逆に機能不全を起こし、正常な判定ができなくなってしまう現象だと整理できます。

既視感と未視感は同じ判定システムの誤作動という共通点を持つ

ここまで見てきたように、既視感と未視感は体験としては正反対の感覚でありながら、その背後にあるメカニズムは驚くほど似通っています。

クリス・ムーラン氏とアキラ・オコナー氏は共同研究の中で、デジャヴとジャメヴュは本質的に似通った「経験的記憶現象」であるという仮説を示しています。両者に共通しているのは、脳が持つ「これは見たことがあるかどうか」を判定するシステム、つまり親近感の判定を担うシステムが、通常とは異なる、いわばエラーに近い状態で作動しているという点です。

デジャヴの場合は、本来は見たことがないはずのものに対して、親近感のシステムが誤って強く「見たことがある」という信号を発してしまいます。一方ジャメヴュの場合は、本来はよく見慣れているはずのものに対して、親近感のシステムが過剰使用や飽和によって機能を停止し、「見たことがない」かのような信号を発してしまいます。方向は逆でも、親近感の判定システムが正常な範囲を超えて誤作動しているという点では、共通の根っこを持っているわけです。

さらに、オコナー氏らのfMRI研究の知見を踏まえると、両者はより大きな枠組みで「脳が記憶の整合性をチェックし、矛盾を検出して報告する仕組み」の一部として理解することもできます。脳は常に、今知覚している情報と過去に蓄積してきた記憶とを照合し続けています。その照合作業のどこかで一時的な不具合、あるいは過負荷が生じたとき、本来ないはずの既知感が生まれればデジャヴとなり、本来あるはずの既知感が失われればジャメヴュとなる、というのが現時点での有力な理解の枠組みです。

なぜ既視感と未視感、両方が起こりうるのか

なぜ既視感と未視感がどちらも起こりうるのか、その理由は大きく三つに整理できます。

一つ目は、脳の記憶照合システムが常に完璧に機能しているわけではないという点です。目や耳から入ってくる膨大な量の情報を、過去の記憶と照らし合わせながらリアルタイムで処理し続けるのは、非常に負荷の高い作業です。疲労やストレス、あるいは同じ刺激への過度な集中や反復といった要因によって、このバランスが一時的に崩れることがあります。

二つ目は、親近感というシステムそのものが本質的に「感覚」であり、明確な証拠に基づく厳密な判定ではないという点です。親近感は具体的なエピソード記憶を伴わずに、直感的かつ自動的に生成される感覚であるため、システムが少し過敏になれば根拠なく強く発生し、これがデジャヴとして現れます。逆にシステムが疲弊すれば、本来あるはずの感覚が発生しなくなり、これがジャメヴュとして現れます。ひとつのシステムが両方向に外れうる性質を持っているからこそ、正反対の二つの現象が生まれるということです。

三つ目は、こうした一時的な記憶照合のズレの多くが、健康な脳においても起こりうる正常な範囲内の現象だという点です。デジャヴもジャメヴュも、それ自体が病気の兆候であるとは限りません。もちろん、極端に頻繁に、あるいは強烈な形で繰り返し起こる場合には、側頭葉てんかんをはじめとする神経系の疾患が背景にある可能性も否定できないため、注意が必要なケースもあります。ただ、多くの人が経験する一過性のデジャヴやジャメヴュは、脳が膨大な情報処理を行う中で生じる、いわば処理落ちやシステムチェックの通知のようなもので、脳が正常に機能している証拠として捉えることもできます。

つまり、既視感と未視感が両方起きる仕組みは、二つの別々のシステムが別々の理由で誤作動しているのではなく、ひとつの親近感判定システムが強く働きすぎるか弱く働かなさすぎるかという、同じ軸の上での両極端な状態として説明できるわけです。

デジャヴの経験率は15歳から25歳ごろでピークを迎える

デジャヴがどの程度一般的な現象であるかについては、これまでに世界各地で数多くの調査が行われてきました。報告される経験率には調査方法によって幅があり、健康な人の30パーセントから96パーセントが経験していると報告されることもありますが、多くの調査では60パーセントから80パーセント程度の人が生涯に少なくとも一度はデジャヴを経験していると報告されています。

日本国内で行われた大学生202名を対象とした調査でも、興味深い結果が得られています。この調査では、「場所」に関するデジャヴ、初めて訪れた場所なのに見覚えがあると感じるものを経験したことがあると答えた人が63パーセント、「人」に関するデジャヴ、初対面のはずの人に見覚えがあると感じるものを経験したことがあると答えた人が35パーセントにおよび、いずれかのタイプのデジャヴを経験したことがあると答えた人は全体の72パーセントにのぼりました。デジャヴが決して珍しい現象ではなく、多くの人が日常生活の中で経験しうるものであることがうかがえます。

年齢との関係についても一貫した傾向が報告されています。デジャヴは特に15歳から25歳前後、あるいは30代までの若年層でもっとも頻繁に経験され、年齢を重ねるにつれてその頻度は徐々に減少していく傾向にあります。若年層のほうが新しい環境や初めての経験に触れる機会が多く、記憶照合システムへの負荷が相対的に高くなりやすいこと、また加齢に伴って記憶システム自体の感度や反応性が変化していくことなどが関係していそうです。

デジャヴが起こりやすい条件として、疲労の蓄積、強いストレス、感情的な負荷が高まっている状態、さらには旅行中や引っ越し直後など、普段と異なる新しい環境に身を置いたときが挙げられます。これらの状況はいずれも、脳が処理すべき新規情報の量が急激に増加したり、記憶照合システムに通常以上の負荷がかかったりする点で共通していて、それが親近感システムの一時的な誤作動を誘発しやすくしているのではないかと推測されます。

デジャヴクは予知能力ではなく確証バイアスの産物

デジャヴを経験した人の中には、「見覚えがある」という感覚だけでなく、「この後、何が起こるか予測できる」という奇妙な確信を伴うケースがあることが報告されています。こうしたタイプのデジャヴは「デジャヴク」、フランス語で「すでに生きた」を意味する言葉で呼ばれ、単に景色や状況に見覚えがあるだけでなく、においや音といった感覚的な細部まで含めて「以前まったく同じ経験をした」と強く感じ、次に起こる出来事まで見通せるかのような強烈な感覚を伴うことが特徴とされています。これに対して、具体的な予知の感覚を伴わず、純粋に精神的な違和感として一瞬だけ生じ、記憶にもほとんど残らないタイプは「デジャヴサンティ」と呼ばれ区別されています。

こうした「次に起こることがわかる」という感覚から、デジャヴはしばしば予知能力や超能力、あるいは前世の記憶といった超常現象と結び付けて語られてきました。1964年に研究者のC・T・K・チャリ氏がデジャヴの事例を「病的なもの」「正常なもの」「予知的・テレパシー的なもの」の三つに分類したように、かつては科学的な説明と神秘的な説明が並存して語られてきた分野でもあります。

ただ、現代の神経科学の立場では、デジャヴを未来を予知する能力として説明することは明確に否定されています。デジャヴの最中に感じる「次に何が起こるかわかる」という感覚自体も、実際には未来を正確に言い当てているわけではありません。後から振り返ったときに、たまたま自分の予測と一致した部分だけを強く記憶し、外れた予測は忘れてしまうという記憶の選択的な偏り、いわゆる確証バイアスによって、あたかも正確に予知していたかのような印象が事後的に作られている可能性が高いと考えられています。デジャヴは未来を見る能力ではなく、過去の記憶の処理過程に生じるある種の錯覚であるというのが、現在の科学的なコンセンサスです。

頻度が高すぎる場合は専門医への相談が必要になる

既視感や未視感を実際に経験したとき、どう受け止めればよいかについても触れておきます。まず大前提として、たまに起こる程度のデジャヴやジャメヴュは、ここまで見てきたとおり健康な脳においてもごくありふれた現象で、それ自体を過度に不安視する必要はありません。脳が膨大な情報を処理しながら、絶えず記憶との整合性をチェックし続けている証拠として捉えることもできます。

ただし、判断の目安として押さえておきたいポイントもいくつかあります。一つは頻度と持続時間です。数か月に一度、数秒程度で終わる一過性のものであれば心配は不要ですが、一日に何度も起こる、あるいは数分から数十分にわたって強い違和感が続く、といった場合には、念のため神経内科などの専門医に相談することが勧められます。もう一つは随伴症状の有無です。デジャヴやジャメヴュに加えて、意識がぼんやりする、体の一部が痙攣する、強い恐怖感や吐き気を伴う、といった症状が一緒に現れる場合は、てんかんをはじめとする神経疾患のサインである可能性があるため、自己判断せず速やかに受診することが望ましいでしょう。

こうした注意点を踏まえたうえで、日常のちょっとしたデジャヴやジャメヴュについては、脳の記憶照合システムが今働いている証拠として、興味深い現象として受け止めるくらいの心構えで向き合ってよさそうです。

既視感と未視感は、一見すると正反対の不思議な感覚でありながら、どちらも脳内の「親近感」を判定するシステムの働き方の違いから生まれる、表裏一体の現象です。デジャヴは、本来は初めて経験するはずの出来事に対して親近感のシステムが根拠なく強く発火し、具体的なエピソード記憶がそれに追いつかないことで生じます。近年の脳画像研究では、これを単なる記憶のエラーではなく、前頭前野が記憶の矛盾を検出して知らせる、いわば健全なエラーチェック機能として捉える見方も有力になっています。一方ジャメヴュは、本来はよく見慣れているものに対して、意味的飽和によって親近感のシステムが一時的に機能不全に陥ることで生じます。どちらの現象も、脳が絶えず「今知覚していることと、過去の記憶との整合性」をチェックし続けているからこそ生まれる副産物だと言えます。日常生活でふとデジャヴやジャメヴュを経験したときは、それを単なる不思議な偶然として片付けるのではなく、自分の脳が今、膨大な記憶照合作業を行っている証拠として捉えてみると、また違った興味深さを感じられるかもしれません。

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