猫がゴロゴロと喉を鳴らす理由は、リラックスや幸福感の表現、母猫と子猫のコミュニケーション、飼い主への要求、そして自己治癒のためのセルフケアなど、複数の目的が重なり合って生じるものです。ゴロゴロ音の仕組みについては、喉頭周辺の筋肉と声帯の振動が主な発生源とされていますが、2023年には声帯内の特殊なパッドが低周波振動を可能にしているという画期的な発見もありました。この記事では、猫がなぜゴロゴロと喉を鳴らすのか、その科学的な仕組みから人間への健康効果、注意すべきサインまでを詳しく解説します。猫を飼っている方はもちろん、猫の不思議な生態に興味がある方にとっても、ゴロゴロ音の全容が理解できる内容となっています。

猫のゴロゴロ音とは?喉を鳴らす仕組みを科学的に解説
猫のゴロゴロ音は、喉頭周辺の筋肉と声帯が規則的に振動することで生じる低い連続音です。この音の発生メカニズムについては長年研究が続けられてきましたが、現在も完全には解明されていません。ここでは、有力とされている複数の仕組みを詳しく見ていきます。
喉頭筋と声帯の振動による仕組み
最も広く支持されている説は、喉頭(こうとう)周辺の筋肉と声帯の振動によるものです。猫の脳から喉の筋肉、特に声帯筋に向かって神経信号が送られると、声帯筋が規則的に収縮と弛緩を繰り返します。この振動が喉頭を通過する空気に影響を与え、特徴的な低い連続音が発生するとされています。振動はおよそ1秒間に20回から30回、つまり20~30Hzのリズムで起こり、猫は息を吸うときも吐くときも、呼吸のサイクル全体を通じてゴロゴロ音を出し続けることができます。これは通常の鳴き声が息を吐くときにしか出せないのとは大きく異なる特徴です。
大静脈の血流や仮声帯が関与する説
喉元を通る太い血管「大静脈」の血流が関係しているという説も有力です。血流が増加すると血液の乱流が起こり、低い振動音が発生します。この振動が横隔膜によって増幅されることで、ゴロゴロ音として聞こえるという仕組みです。また、猫は通常の声帯とは別に「仮声帯」と呼ばれる器官(喉頭室皺壁)を持っており、この仮声帯を動かすことでゴロゴロ音を出しているという説もあります。仮声帯は人間にも存在しますが、猫はこれを意図的にコントロールして音を出すことができるとされています。さらに興味深いことに、喉頭を外科的に摘出した猫がゴロゴロ音に似た音と振動を発生させたという報告もあり、横隔膜が何らかの役割を果たしている可能性も示唆されています。
2023年の新発見――声帯パッドとボーカル・フライ
2023年10月、ウィーン大学のクリスティアン・ヘルプストらの研究チームは、猫のゴロゴロ音の発生メカニズムに関する画期的な論文を学術誌「Current Biology」に発表しました。この研究では、猫の喉頭が神経入力なしでも自己持続的な声帯振動によってゴロゴロ音のような低周波の音を生成できることが実験的に示されました。特に重要な発見は、猫の声帯内に存在する特殊なパッド、つまりクッション状の結合組織の存在です。このパッドが声帯の振動特性を変化させ、通常よりもはるかに低い周波数での振動を可能にしていると考えられています。この発声メカニズムは、人間の声の出し方の一種である「ボーカル・フライ」に機能的に類似していることもわかりました。ボーカル・フライとは声帯を弛緩させた状態で低い音を出す発声法で、人間がリラックスして話すときに自然と出ることがある声のパターンです。
ヘルプストらは、生きた猫のゴロゴロ音は能動的な筋肉の収縮(AMC)と空気力学的なメカニズム(MEAD)の両方が共存して促進されているという仮説を提唱しています。従来の「脳からの神経信号による喉頭筋の収縮」という説と「声帯パッドによる受動的な低周波振動」という新しい知見は矛盾するものではなく、両方が組み合わさってゴロゴロ音を生み出しているということです。このように、ゴロゴロ音の発生メカニズムについては複数の仮説が存在し、実際にはこれらが組み合わさって音を生み出している可能性が高いと考えられています。
猫がゴロゴロと喉を鳴らす理由とは
猫がゴロゴロ音を出す理由は一つではなく、さまざまな状況で異なる目的をもって喉を鳴らしています。リラックスの表現からセルフケアまで、その理由は多岐にわたります。
リラックスと幸福感を表現するためのゴロゴロ音
猫がゴロゴロ音を出す最も一般的な理由は、リラックスしていること、幸せを感じていることの表現です。飼い主に撫でられているとき、暖かい場所でくつろいでいるとき、お気に入りの場所で安心しているとき、猫は中低音のゴロゴロ音を発します。このときの猫は、目を細めたり、体をすりつけてきたり、前足でふみふみしたり、お腹を見せたりといったリラックスのサインを同時に見せることが多いです。
母猫と子猫をつなぐコミュニケーション手段
ゴロゴロ音の最も根源的な役割は、母猫と子猫の間のコミュニケーションにあります。生まれたばかりの子猫は視覚も聴覚も未発達であるため、母猫のゴロゴロ音を振動として感じ取り、母親の存在を認識しています。母猫は子猫に近づくときにゴロゴロ音を出し、安心のメッセージを伝えます。一方、子猫も生後わずか2日ほどでゴロゴロ音を出せるようになり、母猫に自分の状態を伝えます。このゴロゴロ音による親子のやりとりは、子猫の生存に不可欠なコミュニケーション手段として機能しています。
飼い主への要求やおねだりのゴロゴロ音
猫は飼い主に何かを要求するときにもゴロゴロ音を鳴らします。この場合は通常よりも高い周波数の音を含み、人間の赤ちゃんの泣き声に似た成分が含まれます。これは猫が人間との共生の中で獲得した巧みなコミュニケーション戦略だと考えられています。飼い主に近づきながら高めのゴロゴロ音を出しているときは、ごはんやスキンシップなど、何かを求めている可能性が高いです。
ストレスや痛みを和らげるセルフケアとしての役割
猫は不安やストレスを感じているとき、痛みがあるとき、さらには死の直前にもゴロゴロ音を出すことがあります。これは自分自身を落ち着かせ、苦痛を和らげるためのセルフケアとしての行動です。ゴロゴロ音の低周波振動には鎮痛効果があるとされており、猫は本能的にこの効果を活用しています。
傷の治癒と骨折回復を促進する効果
猫のゴロゴロ音が持つ低周波振動、特に25~50Hzの振動には、骨折の治癒を促進し筋肉を修復する効果があることが科学的に示されています。「猫は骨折しても他の動物の3倍の速さで回復する」ということが以前から知られていましたが、その原因のひとつがゴロゴロ音による振動であると考えられています。野生時代の猫は狩りの際に小さな傷が絶えなかったため、傷を早く治す効果がある低周波音を自分で発する能力を進化の過程で身につけたのではないかという説が有力です。
ゴロゴロ音の周波数は猫の状況によって変化する
猫のゴロゴロ音は常に同じ音というわけではなく、猫の気持ちや体調によって周波数や音量が変化します。この違いを知ることで、愛猫の気持ちをより深く理解することができます。
| 状況 | 周波数帯 | 特徴 |
|---|---|---|
| リラックス時 | 20~50Hz(特に機嫌が良いときは25Hz前後) | 中低音で穏やか、副交感神経を優位にする |
| 要求時 | 220~520Hz | 高音で人間の赤ちゃんの泣き声(200~600Hz)に類似 |
| ストレス・体調不良時 | 40Hz前後 | リラックス時よりやや高く、音量が大きめ |
リラックス時のゴロゴロ音は20~50Hz程度の中低音で、この周波数帯は副交感神経を優位にする領域とされています。聞いていると「ホッとする」「癒される」と感じる人が多いのは、この周波数による作用です。猫自身もこの音で自分を落ち着かせている面があります。
一方、要求時のゴロゴロ音は220~520Hzと通常のリラックス時よりもはるかに高い音程になります。イギリスのサセックス大学の研究では、この要求時のゴロゴロ音には人間の赤ちゃんの泣き声と似た周波数成分が含まれていることが明らかになっています。猫は人間が本能的に反応してしまう周波数を利用して、飼い主に働きかけているとも言えます。
ストレスや体調不良時のゴロゴロ音は40Hz前後で、リラックス時よりもやや高く、音量は大きめになる傾向があります。自分自身を落ち着かせ、痛みを和らげるためのセルフケアとしての役割を果たしています。
猫のゴロゴロ音と進化の関係――なぜこの能力を手に入れたのか
猫のゴロゴロ音は野生時代から受け継がれた能力であり、人間との共生によってさらに進化してきました。その背景には、生存戦略としてのコミュニケーション手段という重要な意味があります。
野生時代に獲得した安全なコミュニケーション
野生の猫は単独行動を基本としており、通常はあまり声を出しません。声を出せば敵に見つかるリスクが高まるからです。しかし、母猫と子猫の間のコミュニケーションは生存に不可欠であり、ゴロゴロ音という低い振動音は遠くまで届かず敵に気づかれにくいという利点があります。ゴロゴロ音は安全なコミュニケーション手段として進化的に獲得されたものだと考えられています。
人間との共生がもたらした発声の変化
人と暮らすようになってから、猫のコミュニケーションは大きく変化しました。野生の猫はそれほど鳴きませんが、イエネコは「ニャン」「ミャーン」とよく鳴きます。これは人間に何かを伝える手段として声を出すのが効果的だと学んだためです。ゴロゴロ音についても同様で、イエネコのゴロゴロ音には他のネコ亜科にはない特殊な周波数が含まれており、この音によって猫は人間の聴覚に影響を及ぼし、保護意欲を無意識に駆り立てているという研究もあります。
遺伝子レベルで裏付けられたゴロゴロ音の傾向
京都大学の研究チームは、ゴロゴロ音を発する傾向が高い猫ほどアンドロゲン受容体遺伝子が短い傾向にあることを明らかにしました。これはゴロゴロ音を出す傾向に遺伝的な基盤があることを示しています。純血種の猫は生まれたときから人間による保護がある環境で育つため、生存のための音声コミュニケーションの必要性が低く、遺伝子の頻度にも違いが生じている可能性が指摘されています。
母猫から学ぶゴロゴロ音の技術
ゴロゴロ音を出す能力自体は遺伝的なものですが、その技術は後天的に磨かれる面もあります。子猫は母猫のゴロゴロ音を真似て、コミュニケーションの中でゴロゴロ音の技術を習得すると考えられています。そのため、生後すぐに母猫から離された猫はゴロゴロ音の技術が十分ではなく、喉を鳴らさない場合もあるとされています。
ネコ科動物の比較――舌骨が決めるゴロゴロ音の能力
すべてのネコ科動物がゴロゴロ音を出せるわけではありません。ネコ科動物は大きく「ゴロゴロ音を出せるグループ(ネコ亜科)」と「吠えることができるグループ(ヒョウ亜科)」に分かれており、基本的に両方を同時にできる種はいません。この違いの鍵を握っているのが「舌骨(ぜっこつ)」と呼ばれる骨です。
| 分類 | 舌骨の状態 | 発声能力 | 代表的な種 |
|---|---|---|---|
| ネコ亜科 | 完全に骨化して硬い | ゴロゴロ音が可能、咆哮は不可 | イエネコ、チーター |
| ヒョウ亜科 | 骨化が不完全で柔軟 | 咆哮が可能、ゴロゴロ音は不可 | ライオン、トラ、ヒョウ、ジャガー |
| 例外 | 一定程度骨化 | ゴロゴロ音が可能 | ユキヒョウ |
イエネコやチーターなどのネコ亜科では舌骨が完全に骨化しており、声帯の微細な振動を可能にしてゴロゴロ音を生み出すことができます。一方、ライオンやトラなどのヒョウ亜科では舌骨が柔軟な状態を保っているため、声道を大きく広げて咆哮を出すことができますが、ゴロゴロ音に必要な微細で規則的な筋肉の振動は実現しにくいとされています。チーターは体の大きさとしては大型ネコ科動物に分類されますが、舌骨が完全に骨化しているためイエネコと同様にゴロゴロ音を出すことができます。また、ユキヒョウはヒョウ亜科に属しながらも舌骨が一定程度骨化しており、ゴロゴロ音を出すことができる例外的な存在です。このように「吠える能力」と「ゴロゴロ音を出す能力」は舌骨の構造に基づくトレードオフの関係にありますが、完全に二者択一というわけではなく、種によってグラデーションがあります。
猫のゴロゴロ音が人間の健康にもたらす効果
猫のゴロゴロ音は猫自身だけでなく、それを聞く人間にもさまざまな健康効果をもたらすことが科学的に明らかになりつつあります。その効果は精神面から身体面まで広範囲にわたります。
セロトニンの分泌促進とリラックス効果
猫のゴロゴロ音の周波数帯である20~50Hzは、副交感神経を優位にする作用があります。副交感神経が優位になると体はリラックス状態に入り、「幸せホルモン」とも呼ばれるセロトニンの分泌が促進されます。セロトニンには気分を安定させ、不安を軽減し、睡眠の質を向上させる作用があります。また、猫に対してポジティブな感情が生まれたとき、オキシトシンやドーパミンも分泌され、ストレスホルモンであるコルチゾールが減少します。
1/fゆらぎによる心地よさの仕組み
猫のゴロゴロ音はピンクノイズとも呼ばれる「1/fゆらぎ」の一種であると考えられています。1/fゆらぎとは自然界に多く存在する心地よい揺れのパターンで、小川のせせらぎや木々のざわめき、ろうそくの炎の揺れなどに含まれています。この1/fゆらぎには脳をリラックスさせストレスを軽減する効果があるとされており、猫のゴロゴロ音が人間にとって心地よく感じられる理由のひとつとなっています。
血圧低下と循環器疾患リスクの軽減
ゴロゴロ音の低周波振動には血圧を下げ、不安を和らげ、ストレスを軽減する効果があるとされています。ミネソタ大学脳卒中センターの長期研究では、猫の飼い主は猫を飼っていない人に比べて循環器疾患で亡くなるリスクが低いことがわかっています。スイスの調査でも、猫を飼っている人のほうが全般的に病気にかかりにくいという報告があります。
骨密度の向上への期待
猫のゴロゴロ音が出す微細な振動が人間の骨密度を上げる効果があることも研究で明らかになっています。骨粗しょう症のリスクが高い人を対象にした実験では、低周波の振動を与えたグループの骨密度が増加したという結果が得られています。猫のゴロゴロ音の周波数である25~50Hzは骨の形成を促進・強化する周波数とほぼ一致しており、骨への良い影響につながっていると考えられています。
猫好きでなくても効果がある――筑波大学の研究成果
筑波大学の研究チームはホワイトノイズと猫のゴロゴロ音を被験者に聞かせ、心拍数の変化を分析する実験を行いました。その結果、猫のゴロゴロ音には猫好きの人だけでなく、そうでない人にも鎮静効果をもたらすことが確認されました。ゴロゴロ音の持つ生理学的な効果は個人の好みとは無関係に働く可能性があるということです。
認知症予防の可能性
ゴロゴロ音の効果は急性の病気を劇的に回復させるものではなく、良好な健康状態を維持することに寄与するものだと考えられています。現段階では治療法のない認知症についても、ゴロゴロ音の低周波振動が脳の活性化に寄与し、予防効果が期待できる可能性が指摘されています。
ゴロゴロ音の医療への応用――セラピーから超音波治療まで
猫のゴロゴロ音が持つ治癒効果は、実際の医療現場でも応用されています。フランスでのセラピーから最先端の超音波治療まで、その活用範囲は広がっています。
フランスで実践されるゴロゴロセラピー
フランスでは猫のゴロゴロ音を活用した「ゴロゴロセラピー」が実際に医療の現場で取り入れられています。フランス語ではゴロゴロ音を「ロンロン」と表現するため「ロンロンセラピー」とも呼ばれています。患者のそばに猫を配置し、ゴロゴロ音を聞かせることで不安の軽減やリラクゼーション効果を得るものです。
超音波骨折治療法への応用
医学界は猫のゴロゴロ音の持つ治癒効果に着目し、その原理を応用した超音波医療機器を開発しました。「超音波骨折治療法」と呼ばれるこの方法は、低周波の超音波を骨折部位に当てることで治癒を促進するものです。サッカーのデビッド・ベッカム選手や野球の松井秀喜選手が骨折治療の際にこの方法を用いて驚異的な回復速度を見せたことで広く注目を集めました。ウサギを対象とした研究でも、25~50Hzの振動が骨折の治癒を早めることが確認されています。
セラピーキャットの活躍
日本でもセラピーキャットが医療や介護の現場で活躍しています。病院や高齢者施設などで猫とふれあうことで、患者や入居者のストレス軽減、情緒の安定、生活の質の向上が期待されています。猫のゴロゴロ音はこうしたアニマルセラピーの効果を高める重要な要素のひとつとなっています。
注意が必要なゴロゴロ音――体調不良のサインを見逃さない
猫のゴロゴロ音は必ずしもポジティブな意味だけではありません。体調不良や病気のサインである場合もあるため、飼い主は注意深く観察することが大切です。
体調不良時のゴロゴロ音の特徴
体調が悪いときのゴロゴロ音はリラックス時のものとは異なる特徴を持ちます。低い音程で音量が大きく、長時間にわたって続くことが多いです。また、猫の表情も幸せそうではなく、瞳孔が開いていたり明らかに苦しそうな表情をしていたりします。
ゴロゴロ音の異変を見分けるポイント
体調不良のゴロゴロ音を見分けるためには、いくつかのポイントに注目することが重要です。まず、普段と比べて明らかに低い音や大きな音でゴロゴロ鳴らしている場合は注意が必要です。次に、幸せそうな表情ではなく苦しそうにしている、じっとうずくまっている場合は体調不良の可能性があります。いつもより長時間ゴロゴロ鳴らし続けている場合や、普段鳴らさない場面で鳴らしている場合も要注意です。食欲低下、嘔吐、下痢、呼吸の乱れなど他の症状が同時に見られる場合は、すぐに動物病院を受診するべきです。また、今まで普通にゴロゴロ鳴らしていた猫が急にまったく鳴らさなくなった場合も、体調が悪くて感情表現ができなくなっている可能性があるため注意が必要です。
普段から愛猫がいつ、どのような状況でゴロゴロ音を鳴らすのかを把握しておくことが重要です。猫それぞれにゴロゴロ音のパターンがあり、日頃の観察があってこそ異変に気づくことができます。少しでもおかしいと感じたら、早めに動物病院に相談してください。猫風邪や喘息などの呼吸器疾患の症状としてゴロゴロ音に似た音が出ることもあります。呼吸の際にゼーゼー、ヒューヒューといった異常な音が混じる場合は、ゴロゴロ音とは別物である可能性があるため、すぐに獣医師の診察を受けるべきです。
ゴロゴロ音を鳴らさない猫もいる――個体差とその理由
すべての猫がゴロゴロ音を出すわけではなく、一生を通じてゴロゴロ音をほとんど出さない猫も存在します。これは病気や問題があるわけではなく、個体差によるものです。
ゴロゴロ音を出さない理由としては、まず性格の違いが挙げられます。猫にも個性があり、感情表現の仕方はそれぞれ異なります。ゴロゴロ音以外の方法で感情を表現する猫もいます。次に、母猫からの学習不足も考えられます。生後早い段階で母猫から離された猫は、ゴロゴロ音の出し方を十分に習得できなかった可能性があります。遺伝的要因として、京都大学の研究が示すようにゴロゴロ音を出す傾向には遺伝的な基盤があり、遺伝子の構成によって個体差が生じます。また、保護猫など過去に辛い経験をした猫は警戒心が強くゴロゴロ音を出しにくい場合がありますが、安心できる環境で暮らすうちに徐々にゴロゴロ音を出すようになることもあります。
ゴロゴロ音を出さないからといって、猫が飼い主に愛情を感じていないわけではありません。スリスリ、ふみふみ、スローブリンク(ゆっくりまばたき)など、他の方法で愛情を示している可能性は十分にあります。
猫のゴロゴロ音に関する最新研究の動向
猫のゴロゴロ音に関する研究は近年大きく進展しており、そのメカニズムの解明に重要な成果が続いています。
京都大学の「ゴロゴロ遺伝子」研究
2025年、京都大学の研究チームは猫のX染色体上にあるアンドロゲン受容体遺伝子の特定部分の繰り返しの長さが、ゴロゴロ音を出す傾向や鳴き声の頻度、さらには警戒行動まで左右することを統計的に示しました。この研究は学術誌「PLOS ONE」にて発表されました。短いタイプのアンドロゲン受容体遺伝子を持つ猫は飼い主によってより頻繁にゴロゴロ音を出すと報告され、特にこの短いタイプの遺伝子を持つオス猫は人間に対してより声を出す傾向があることが確認されました。アンドロゲン受容体はテストステロンを主に調整する役割を持つため、遺伝子の長さがテストステロン関連の行動、つまり発声を含むさまざまな社会的行動に影響する可能性があります。
さらに注目すべき発見は、11種のネコ科動物でこの遺伝子を比較調査した結果、長いタイプの遺伝子は飼い猫にのみ存在し、最も近い野生種であるスナドリネコやベンガルヤマネコにすら見られなかったことです。これはこの遺伝子変異が猫の家畜化の過程で生まれたことを示唆しており、人間との共生がゴロゴロ音を含む猫の発声行動に遺伝子レベルで影響を与えてきた可能性を示しています。
今後の研究展望
ゴロゴロ音の研究は、2023年のヘルプストらによる声帯パッドの発見と2025年の京都大学によるゴロゴロ遺伝子の特定により、大きな転換点を迎えています。今後は声帯パッドの詳細な機能解明、遺伝子と発声行動の因果関係の解明、そして人間の健康への応用研究がさらに進むことが期待されます。猫のゴロゴロ音という身近な現象が、比較解剖学、行動遺伝学、医学といった多くの分野にまたがる研究対象として注目を集めています。
まとめ――猫のゴロゴロ音は猫と人間をつなぐ特別な仕組み
猫のゴロゴロ音は一見シンプルに聞こえますが、その背景には複雑なメカニズムと多彩な意味があります。喉頭筋の振動、大静脈の血流、仮声帯の振動、横隔膜の関与、そして2023年に発見された声帯パッドなど、複数のメカニズムが組み合わさって生み出されています。ゴロゴロ音を鳴らす理由も、リラックスの表現、親子のコミュニケーション、飼い主への要求、セルフケア、傷の治癒促進と多岐にわたります。
このゴロゴロ音は猫自身だけでなく、人間にもセロトニンの分泌促進、血圧の低下、骨密度の向上、ストレス軽減といった健康効果をもたらすことが科学的に示されつつあります。フランスのゴロゴロセラピーや超音波骨折治療法への応用は、この効果の実用的な活用例です。
一方で、ゴロゴロ音が体調不良のサインである場合もあるため、飼い主は日頃から愛猫の行動パターンを把握し、異変に気づけるようにしておくことが大切です。猫と人間の長い共生の歴史の中で、ゴロゴロ音はコミュニケーションの手段として進化し、遺伝子レベルでもその傾向が受け継がれてきました。猫のゴロゴロ音は、猫と人間の絆を深める自然が生み出した特別な仕組みのひとつです。









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