従業員が辞めたことで事業が回らなくなり、会社が倒産に追い込まれる。これが退職倒産です。東京商工リサーチの集計では、2026年度上半期(4〜9月)に従業員の退職が原因となった倒産は67件で、年度上半期として過去最多を記録しました。帝国データバンクも、従業員や経営幹部などの退職を要因とする倒産を「従業員退職型」として数えており、2025年は124件にのぼりました。
大企業であれば痛手で済む1人の退職も、中小企業にとっては致命傷となる可能性を持っています。社員10人の会社なら、ベテランが1人いなくなるだけで事業の柱が折れることもあります。人の出入りがそのまま経営に響くのは、規模の小さい会社ほどです。
倒産そのものも増えています。負債1000万円以上の企業倒産は、2026年度上半期に5373件を数えました。前年同期を3.9%上回り、13年ぶりの高い水準です。そのうち約9割を、従業員10人未満の企業が占めています。

人手不足関連倒産は2026年度上半期に240件で過去最多

東京商工リサーチ(TSR)が集計した人手不足に関連する倒産は、2026年度上半期に240件発生しました。205件だった前年同期と比べると17.0%の増加です。TSRがこの調査を始めた2013年以降、年度の上半期でこれより多かった年はありません。
TSRが人手不足関連として集計するのは、求人難、従業員退職、人件費高騰の3つを要因とする倒産です。後継者が見つからない後継者難は、この集計から外されています。
要因別で最も多かったのは人件費高騰で、130件でした。前年同期と比べて75.6%増え、人手不足関連倒産全体の54.1%を占めています。この人件費高騰と従業員退職(67件)は、どちらも過去最多です。
帝国データバンクの集計で従業員退職型は2025年に124件
帝国データバンクの数字でも、退職が引き金になった倒産ははっきり増えました。2025年の従業員退職型は124件で、2024年の90件から34件、率にして37.8%の増加です。集計をさかのぼれる2013年以降で最多となり、年間で100件を上回ったのはこの年が初めてでした。
人手不足倒産427件のうち約3割が従業員退職型
帝国データバンクは、従業員が足りないことで収益が悪化するなどして倒産したケースを「人手不足倒産」と位置づけています。対象は負債1000万円以上の法的整理で、個人事業主も含まれます。従業員退職型は、その中で従業員や経営幹部などが辞めたことを要因とする倒産を指します。
2025年(1〜12月)の人手不足倒産は427件でした。前年から24.9%増え、3年続けて過去最多を更新しています。業種では建設業が113件と初めて100件の大台に乗り、物流業も52件と多い水準でした。427件の約77%は従業員10人未満の小規模企業です。そして427件のおよそ3割が従業員退職型にあたります。採用できずに倒れる会社に加えて、今いる社員が抜けて倒れる会社が、件数として積み上がってきました。
2026年1〜7月は83件で5年連続の増加
従業員退職型の倒産は、2026年1〜7月の判明分だけで83件にのぼりました。前年同期の74件より約12%多く、2022年から5年続けて増えています。帝国データバンクは2026年8月7日の発表で、新しい人材を採れない採用難と同じく、在職中の従業員の退職も大きな経営リスクになっているとの見方を示しました。このペースが続けば年間件数は前年を大きく上回る、というのが公表時点での同社の見通しです。
2025年度は従業員退職型が118件で年度初の100件超
年度で区切っても傾向は変わりません。帝国データバンクが2013年1月から2026年3月末までのデータで集計したところ、2025年4月から2026年3月までの1年間(2025年度)に起きた人手不足倒産は441件でした。前年度の1.3倍で、これまでの記録を塗り替えています。同じ年度の従業員退職型は118件です。こちらも最多の記録で、年度単位で100件の大台を超えたのは初めてでした。
倒産の件数は法的整理だけか私的整理も含むかで変わる
倒産という言葉には、ひとつに決まった定義がありません。帝国データバンクが倒産として数えるのは法的整理だけです。東京商工リサーチは、私的整理で事業を止めたケースも倒産に含めますが、再建を目指す私的整理は数えていません。集計の対象や期間がそろっていないため、機関ごとに件数は一致しないことがあります。
法的整理とは、裁判所の監督を受けながら、法律で決められた手続きに沿って進める整理のことです。債務者と債権者が直接話し合って合意を目指す私的整理とは区別されます。法的整理の手続きは次の4つです。
| 手続き | 型 | 特徴 |
|---|---|---|
| 破産 | 清算型 | 財産を処分して配当し、事業を終える |
| 特別清算 | 清算型 | 裁判所の監督を受けながら清算する |
| 民事再生 | 再建型 | 会社を残すことを目指す。中小企業も使い、経営者は原則として交代しなくてよい |
| 会社更生 | 再建型 | 裁判所が指名した更生管財人が手続きを主導する。主に大企業向け |
従業員退職型はサービス業が22件で最多、建設業も初の20件台
2026年1〜7月の従業員退職型83件を業種で分けると、最も多いのはサービス業でした。
| 業種 | 件数 | 主な内容 |
|---|---|---|
| サービス業 | 22件(全体の26.5%) | 老人福祉施設や美容室での発生が多い |
| 建設業 | 20件 | 1〜7月の集計で初めて20件台。現場の職人や営業担当者が次々に辞め、事業を運営できなくなった例が目立つ |
| 運輸・通信業 | 12件(前年同期は8件) | 1〜7月で初めて10件を超えた。貨物自動車運送などが中心 |
2025年の年間集計では、建設業が37件で最多となり、シェアは29.8%でした。製造業の件数も、この年に初めて20件を上回りました。
退職倒産の原因はキーマンの流出と賃上げ原資の不足
帝国データバンクが大きな要因に挙げるのは、事業の中核を担うキーマンが会社を去ることです。2025年以降は、上がったコストをサービスや商品の値段に上乗せできず、賃上げに回すお金を用意できないまま、キーマンの退職を止められなかった会社が目立つといいます。
五十嵐建設は中核メンバーの退職、東海サービスはドライバーの退職で破産
内装工事業の五十嵐建設は、2025年12月に破産しました。中核を担っていたメンバーが独立したり辞めたりする時期が重なり、人が足りなくなったうえに損益も悪化して、事業を続けられなくなっています。
貨物運送業の東海サービスが破産したのは2026年5月です。受注の環境が悪くなり、燃料費の高騰も重なって収益が苦しくなるなか、ドライバーの給料を上げられず、辞める人が相次ぎました。
人件費高騰による倒産は2025年度に195件
TSRの集計では、人件費高騰を要因とする倒産は2025年度の1年間で195件にのぼり、前年度から77.2%増えました。この増え方を見れば、給料を上げて人を引き止める方法にも限界があることがわかります。上げなければ社員が辞め、上げれば会社の資金が底をつきます。中小企業は、どちらを選んでも苦しい立場に置かれています。
2026年度は上半期を終えた時点で、すでに前年度1年分の約3分の2に達しています。TSRは、取引の相手が企業でも消費者でも、値段を交渉する力の弱い小・零細企業ほど、コストの上昇分を価格に転嫁するのが遅れやすいと指摘しました。人件費の上昇分を売値に乗せられなければ、賃上げの負担はそのまま利益を削っていきます。帝国データバンクも、賃上げについていけない小規模企業が今後倒産するリスクを挙げています。
退職者の88%は本当の理由を会社に伝えていない
退職倒産を防ぎにくい理由のひとつは、辞めていく人の多くが本音を口にしないことです。ハッカズークが実施した調査で、本当の理由を会社に告げずに辞めた退職者は88%にのぼりました。代わりに伝えたのは「家庭の事情」などの建前です(PR TIMES、2026年3月12日)。
本音を聞けないまま退職が続くと、経営者の目には社員が急に辞めたようにしか見えません。気づいた時点ですでに手遅れ、という状況はこうして生まれます。
本当の退職理由の1位は人間関係の46%
2024年のエンゲージの調査でも、退職するときに会社へ伝えなかった理由があると答えた人は半数を超えました。本当の理由で最も多かったのは「人間関係が悪い」で、46%です。会社に伝えられがちな「家庭の事情」は、本当の理由としては12位で、わずか3%でした。口にされる理由と実際の理由のあいだには、それだけの開きがあります。
GOLD CAREERが697人に聞いた調査も、同じような結果でした。本音の上位には人間関係や労働条件、給与といった会社への不満が並び、建前の上位には「キャリアアップしたい」と「家庭の事情」が入っています。
人事評価に不満がありながら伝えていない人は69.2%
Job総研の調査では、人事評価に不満を持ちながら、それを会社に伝えていない人が69.2%いました。伝えない理由でいちばん多いのは「伝えても変わらないと思うから」の42.4%です。実際に伝えて改善されたと答えた人は、4.6%しかいません。不満の中身は「評価基準が不透明」が46.6%、「上司の主観で決まる」が38.9%でした。
社外の第三者が退職面談をすると63.1%が本音を話せた
パーソルが2025年に5100人を対象に行った調査で、退職面談の聞き手が社外の第三者だったケースでは、63.1%が本音の理由を話せたと回答しました。人事が面談した場合の57.9%、上司が面談した場合の57.7%より高い割合です。
離職の連鎖にはドミノ倒し型と蟻の一穴型の2パターンがある

「連鎖退職」や「ドミノ退職」は、1人が辞めたあと、同じ職場で短期間のうちに退職者が続く現象の呼び名です。法令や統計で定められた用語ではありません。人事の現場で使われてきた言葉です。
青山学院大学の山本寛教授は、2019年に日経プレミアシリーズから出た著書『連鎖退職』で、この現象を2つの型に分けて説明しています。山本教授の専門は人的資源管理論です。同書は当事者への聞き取りをもとに、1人の退職から辞める人が続き、組織の存続さえ危うくなっていく実態を描いています。
ドミノ倒し型は増えた負担が次の退職を生む
ドミノ倒し型では、辞めた人の仕事が残った社員に振り分けられます。仕事が増えて耐えきれなくなった人が辞め、また残った人の負担が増える。人数の少ない部署や中小企業ほど、1人が抜けた穴は相対的に大きく、連鎖も速く進む傾向があります。
蟻の一穴型はキーパーソンの退職で職場の問題が表に出る
蟻の一穴型は、キーパーソンが辞めたことで、それまで見えていなかった職場の問題が表に出てくるパターンです。不安と動揺が、組織全体へ広がっていきます。
長時間労働と同僚の転職活動が連鎖を後押しする
連鎖を後押しする要因もあります。残業が長く、休日にも出勤するのが当たり前の職場では、疲れが限界に達した人は、辞める道を選びやすくなります。また、同僚が転職活動をしていれば、残る社員も自分にほかの選択肢があることを意識します。2009年の米国の研究でも、同僚の転職活動が活発になると、残ったメンバーも離職に踏み切りやすくなるという結果が出ています。
欠員の77.0%は補充されていない
欠員が埋まらなければ、その分の仕事は今いるメンバーに積み重なります。2024年12月にパーソル総合研究所が集計結果を出した調査では、全国の正社員1350人が回答しています。いずれも、欠員が出たときに前任者や後任者、あるいは上司として関わった人たちでした。回答は「補充がなかった・しなかった」が47.4%、「募集しているが、できていない」が29.6%で、欠員の77.0%が埋まらないままです。
上司による業務の割り振りでは、回答の22.4%が「指示なし」でした。指示を出した場合に最も多かったのは、似た仕事をしている人に引き継がせる「横滑り」で、48.3%です。人は補充されず、上司からの指示もないまま、仕事は近い業務の担当者へ流れていきます。
国全体では入職率14.7%が離職率13.7%を上回る
労働市場全体を見ると、辞める人より入る人のほうが多い状態が続いています。厚生労働省がまとめた令和7年(2025年)の雇用動向調査(年計)で、離職率は13.7%、入職率は14.7%でした。前年に14.2%だった離職率は、0.5ポイント低下しています。入職率から離職率を引いた入職超過率は1.0ポイントで、前年より0.4ポイント広がりました。入職超過は5年連続です。調べた対象は常用労働者を5人以上雇う事業所で、公表日は2026年8月31日でした。
退職倒産への備えの中心は仕事の属人化を減らすこと

辞められても会社が潰れない仕組みをつくるうえで、中心になるのは仕事の属人化を減らすことです。あわせて、社員が相談しないまま辞めていく事態を防ぐ必要もあります。
サイレント離職は上司や人事への相談がないまま起きる
サイレント離職とは、社員が上司にも人事にも相談せず、何の予兆も見せないまま急に会社を辞めてしまうことです。「女性の多様な働き方に関する調査」(2026年1月公表)の結果を見ると、仕事とライフイベントの両立に悩む女性のうち、上司や人事に十分な相談ができないまま退職や転職をした人が72.1%いました。対象が限られた数字ではあるものの、上司や人事に相談できないまま職場を離れる人が多いことを表しています。なお、サイレント離職と「静かな退職(Quiet Quitting)」は別物です。後者は、求められる最低限の仕事だけをこなす働き方を指します。
サイレント離職を防ぐ出発点は、上司が日常的に部下の話を聞くことです。経営者がベテラン職人の声を聞くことも大切です。そのうえで大事なのが、小さな不満でも伝えれば会社は変わる、という経験を社員に積ませることです。
属人化の主な原因は人手不足による多忙化
属人化を生む主な原因は、人手不足で業務が忙しくなることにあります。業務の全体を把握しているのが担当者1人だけだと、退職と同時に引き継ぎが途切れ、関係するほかの業務まで滞ります。
技能承継のポイントは技能の技術による代替と人材の採用・育成
ベテランの技能を引き継ぐのにも難しさがあります。腕のいいベテランが、人に教える技術も持っているとは限りません。教わる若手の側にも、覚える力の差があります。日本政策金融公庫が中小製造業の事例を分析した結果では、承継を円滑に進めるポイントとして、技能を技術で置き換えることと、人材を採用して育てることの2点が挙がりました。
2018年版中小企業白書は多能工化を人手不足への対策に挙げた
多能工化や兼任化について、2018年版の中小企業白書は、人手が足りない状況への対策になるうえ、労働生産性も高めると指摘しました。多能工化に力を入れる企業では、業務マニュアルを整えたり、社員のスキルを目に見える形にしたりする取り組みも多く見られるとされています。1つの仕事を何人かでこなせる体制にしておけば、誰か1人が辞めても、それがすぐに事業の停止へつながりにくくなります。
退職倒産は人手不足の中小企業で増え続けている
帝国データバンクが従業員退職型と呼ぶ、従業員や経営幹部の退職による倒産は、2025年に過去最多となりました。東京商工リサーチの集計でも、従業員退職が原因の倒産は2026年度上半期に、年度上半期として最多を更新しています。原因の中心はキーマンの流出です。価格転嫁が進まず賃上げの原資を用意できない小規模企業ほど、人を引き止めにくくなっています。辞める人の多くは本音を語らず、1人の退職で増えた負担が、残った社員の次の退職を呼びます。社員が辞めたくならない職場をつくり、誰かが辞めても事業が止まらない仕組みを整えておくことが、退職倒産への備えになります。
小さな会社がコストの上昇分を取引先との値段に乗せるときの決まりは、2026年に大きく変わりました。発注する側に求められることは下請法から改正された取適法のポイントにまとめています。








